「イエス様の黙秘」
ルカによる福音書 23章6-12節

今日の箇所に総督ピラトとガリラヤの領主ヘロデが敵対し合っていたということが記されている。イエス様の裁判の中で、ピラトはイエス様をヘロデへ送りつけている。両者の上司であるローマ皇帝に対し、「イエス事件」とその行政処分の方法によって、自分の得点をアピールし、ライバルが失点するように仕向けようとしている。目の前で無実の人が裁かれ、命が奪われようとしている事に目を向けず、自分たちの利益を考え、無責任な態度を取るという罪があらわになっている。
イエス様の十字架への道は、私たちに罪の実態を教えてくださる。イエス様に敵対する者だけがイエス様を十字架にかけて殺したわけではない。時の権力者もまた、イエス様を十字架に向かわせた罪人なのだ。あまりに多くの人たちが、イエス様に対して、無責任に命を取り扱うのである。
裁判の中で黙るイエス様を前に、祭司長たち、律法学者たち、最高法院議員たちは、黙って反論もすることのないイエス様を、ここぞとばかりに激しく訴えている。自分の利益にならない者は邪魔者として殺すという、権力の非情さがあらわになっている。
イエス様は十字架刑の判決を受けるまで黙秘を貫かれた。しかし、ただ黙っていたわけではない。心の中ではいよいよ向かう十字架への思いと、言葉ではなく十字架の出来事を見よ、というイエス様の強い思いをこの箇所から受け取ることができる。反論することも、手を出すことも、睨みつけることもしない、究極の非暴力の背景にあるイエス様の強い思いを受け止め、私たちは受難節のこの時、自分たちの弱さ、罪深さを悔い改める歩みを進めましょう。
牧師 三浦 啓

